事件

竹島叶実被告生い立ち「秀才も現実と理想のギャップに苦悩」心神喪失で無罪判決

神戸市で親族や近隣住民5人を殺傷したとして、無期懲役を求刑されていた竹島叶実被告が無罪判決でした。

竹島かなみ被告は当時、妄想に支配されて心身喪失状態だったと認められましたが、本当に心身喪失状態だったのかを竹島叶実被告の生い立ちを追いながら考えていきたいと思います。

竹島叶実被告生い立ち「小学校時代:母と祖父母の家に移り住む」

竹島叶実被告は、小学生低学年のころ、両親の離婚を機に神戸市北区有野町にある母親の実家で祖父母(祖父・南部達夫と祖母・観雪)と新しい生活を始めました。祖父母は仲が良く社交的な性格だったので、いつも家に隣人が遊びに来たり、旅行に出かけたりしていました。

祖父は元消防署署長であることを誇りして、痛く真面目でした。代々土地を持っていたので、資産家で教養や立ち振る舞いも上品だと有名な祖母と絵に描いたような家庭で自分が今まで知らない世界を見たようでした。祖父母がいて家族が増えたので、寂しく思うことはなくなりました。

両親の離婚もまだわからない年齢で、急に父親と切り離されたことに戸惑いましたが、この時の竹島叶実は、持ち前の真面目さと一生懸命頑張る力があったので、新しい祖父母との生活に少しずつ慣れていったのでしょう。

礼儀正しく、勉学に一生懸命な孫が可愛い祖父母に可愛がられて、さらに勉強に頑張ります。もし祖父母とここで一緒に住む選択をしなかったら事件は起きなかったと思うと残念でなりません。

竹島叶実被告生い立ち「中学は陸上部、周りに溶け込めない高校時代」

地元の市立中学校に上がると、楽しみにしていた部活動は陸上部に入部して、短距離選手を目指しました。練習も楽しく毎日充実していました。運動神経も人より少しだけ恵まれていたのか、練習するだけ早くなって記録を更新していくのが楽しかったのです。

先生からの評判も素行もよく、真面目な生徒でした。勉強も頑張ったおかげで成績もクラスで1位2位を争う秀才で、高校受験も無事合格し、卒業します。

2006年、高校はゲームが好きだったので高専の電子工学科に進みましたが、周りに溶け込めず友達もできない日々がつまらなく思い、4年の途中で中退してしまいます。

大手の鉄道会社へ就職内定が決まっていたのですが、内定を取り消されました。その後、一度一般企業に就職しましたが、あれこれ合わないと職場に不満があり、ほどなく退職してしまいました。

小学校時代勉強に励んだおかげで、中学校では優秀な生徒として明るい未来を描いていたことでしょう。ただ、高等専門学校に上がると、周りとのコミュニケーションがうまく取れなくなってきたのか、理想とするものと現実のギャップが著しすぎたのでしょう。

今まで優等生だった竹島叶実は、ここで初めて挫折したようでした。また、コミュニケーションがとれないからこそ、ゲームやパソコンに夢中になっていたのでしょう。

竹島叶実被告生い立ち「神戸電子専門学校〜システムエンジニア就職」

ゲームやコンピュータに興味があったのでプログラミングの勉強がしたいと、また学校にも取ることを決心し神戸電子専門学校に進学しました。勉強は楽しくてどんどん成績が上がり、デジタル技術検定試験で表彰されます。そして、ますます勉強を頑張りました。

そのおかげで成績もよく、内申点も高かったので念願のシステムエンジニアとして就職します。

働き始めると、思ってた仕事と実際にやっている仕事のギャップが大きくやる気をなくしていました。さらに先輩との人間関係もコミュニケーションを取るのが苦手だった竹島叶実は、思ったのと違ったからと退職してしまい長く続きませんでした。

将来の夢もあって頑張ってきたのに何をやっても理想とのギャップに挫折したのです。優秀でエリートコースを歩んできた人が挫折すると、立ち上がることができなく道を外れてしまう人も稀にいます。

急に中退したりすぐ退職してしまうというのは、夢や目標が曖昧なままで、周りが望むからという気持ちで選択していたとしたら、それは祖父母や母の影響が大きく作用していた可能性もあります。

自分というものを確立できずにいたのでしょうか。ここで、一度立ち止まって竹島かなみの描く未来や実現したいことを祖父母や母がわかってあげれたら、自分に適した場所を見つけることができたのでしょうか。

自分に合わない仕事や職場で働き続けることは、違和感と精神的、肉体的疲労が溜まっていくだけの無意味な感情に陥ることがあります。そんな竹島叶実のもがきを周りは気付けず、少しずつ追い詰められていったように見えます。

竹島叶実被告生い立ち「ひきこもり生活」

事件の半年ほど前に職場を辞めてからは、伏せって自分の部屋に閉じこもり外出することもほとんどなくなっていきました。

そんな竹島叶実に、堅実で真面目な祖父はことあるごとに孫の竹島叶実の行く末を心配して、様々な仕事を紹介します。ですが、竹島叶実は気が進まず、時に祖父や祖母と言い合いになるのはほぼ毎日でした。「無職だといつまでたっても嫁さんもらえないんだよ」と図星を突かれ自分でも将来が不安になります。

そんな生活をしばらく続けていましたが、やる気も起きず、またどこかに就職できたって同じことの繰り返しだと諦めてし待っていたように思います。

ある日祖父が「そんなんでは、将来食べていけないよ。よく考えなさい。」と言います。そう言われた竹島叶実は、「大丈夫だよ!そんな心配しなくていいよ、だってじいちゃんの財産を相続すれば食うのに困らないでしょ。母さんと2人なら食っていけるから」そのように言うと祖父は驚いて言葉に詰まりました。

確かに財産はありましたが、孫の人生を棒にするわけにはいかないという使命感でさらに詰め寄りますした。就職も結婚もできない自分にどんどん追い詰められて夜も眠れないことが多くなっていきます。

この祖父と竹島叶実は、似た者同士ではないかと思いました。堅実で真面目で人の期待に応えようという気持ちを持ち合わせているところでそう感じます。

竹島叶実は父親だったら言い返せていたかもしれませんが、祖父母には逆らえなかったからこそ半年間の小言が、竹島叶実を思う祖母の愛が逆に追い詰める形になったでしょう。

竹島叶実26歳「犯行当日の行動」

2017年7月16日早朝のこと、竹島かなみは眠れない夜を過ごし、早起きしていた祖父に出くわすと小言を言われ、今まで溜まっていた感情が爆発し祖父に殴りかかりました。

そこに騒ぎを聞きつけた母と祖母が制止しようとしますが、その間に祖父が警察に通報し助けを求めました。警察沙汰になったら終わりだと思った竹島叶実は「みんな誰でもいいから攻撃してやろう」と子供の頃使っていた金属バッドを思いつき、護衛用に追いてあったそれを玄関に取りにいきました。

逃げようとしていた祖父母と止めようとした母に辺り構わず金属バッドを振り回し、騒ぎを聞きかけつけたご近所の辻やゑ子さんや近くを早朝散歩で通りかかった前北操さんも巻き込んでいったのです。

母には牙を向けるのをためらってしまいましたが、辺りに人がたくさん倒れていて怖くなって逃げ出しました。

気づくと神社にいて呆然と立ち尽くしました。「大変なことをしちゃった」

罪のない人の命を奪っていいことにはなりません。竹島叶実被告はうつ状態だった可能性が高いように思います。そして感情を爆発させたのでしょう。

だからと言って責任能力がなかったとは、竹島叶実の生い立ちを追ってみても思えませんでした。責任能力がない人が大変なことをしちゃったとは思えないでしょう。現実を理解しているからこそ出る言葉です。

母親だけは刃物を向けていないということも、きちんと母親だ、守りたい人だという認識があったからだと竹島叶実の行動から感じました。

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