旭川女子中学生いじめ凍死事件:廣瀬爽彩(さあや)さん

廣瀬爽彩(さあや)さんの絵からみる「生きた証」彼女はいじめを乗り越えようと努力した

廣瀬さあやさん

旭川いじめ事件がきっかけで最悪な人生になってしまった廣瀬爽彩さんの絵からみる「生きた証」をまとめました。

ひろせさあやさんはいじめを乗り越えようと努力する姿もありました。

生い立ちから見ていく爽彩さんは優しく笑顔の素敵な少女だったと思います。

廣瀬爽彩さんの生い立ち「食べる事が大好きな女の子」

引用元:文春

2006年3384グラムの元気な女の子が生まれる。名前はさあや。皆から可愛がられ伸び伸びと育ちます。食べることが大好きで元気いっぱいな女の子でした。小学校に通う爽彩さんは給食をたくさんおかわりして嬉しそうに母親に報告します。父親とは幼い頃に離婚で離れ離れ、 母親と市内のアパートで2人暮らしをしていました。

優しい性格で正義感が強く、将来の夢は法務省で働く正義の味方、検察官。趣味は絵を描くことで、自分が描いた絵を褒められるのが大好きな爽彩さんでした。褒められるとハニカム笑顔はきらきらと輝いています。

▼当時さあやさんが描いていた絵▼

引用元:文春

ひろせ爽彩さんとA子の出会い「ここからが全ての始まりだった」

2019年4月さあやさんは中学に入学します。勉強が好きな爽彩さんは塾にも通います。本も大好きだったため、学校終わりの塾が始まるまでの間に中学校の近くにある公園で本を読んだりして時間を潰していました。大好きな鳥の声を聴きながらの読書は爽彩さんにとって幸せなひと時でした。

しかし悪夢が始まります。

中学に入学したばかりでまだ新しい友達もできていなかったさあやさんは、顔見知りではあった同じ中学の2コ上(当時中3)A子といつもの公園で知り合います。人と交流することが苦手だった爽彩さんですが、A子と友達になれてルンルンでした。A子とは公園で世間話をしたり、オンラインゲームをして楽しんでいました。B男とC男が現れるまでは・・・。

今まで仲良く遊んでいた爽彩さんとA子ですが、そこにA子の友達B男とC男も加わり遊ぶようになります。しかしただの友人グループではなく、さあやさんを標的としたいじめ連中の集まりでした。

ひろせさあやさん旭川いじめ内容

ここから廣瀬爽彩さんの壮絶ないじめ人生が始まります。

旭川いじめ内容一つ目
  • C男がさあやさんに自〇行為の画像や動画を送ってと強要する
  • 6月3日C男が爽彩さんに送っていたLINEのメッセージ
    『裸の動画送って』
    『写真でもいい』
    『お願いお願い)』
    『(送らないと)ゴムなしでやるから』

恐怖でいっぱいだった廣瀬さあやさんは逆らうことができずにC男に写真を送ってしまいます。悔しいで悔しいでたまりません。どうして私がこんな目に遭わなければいけないの。まだ幼い少女が一人苦しみました。

そこからA子、B男、C男らのいじめはヒートアップしていきます。

旭川いじめ内容二つ目
  • グループLINEにわ〇せつ動画を拡散される

とうとうC男だけでなく関係ない人物までもに見られてしまうこととなりました。爽彩さんはまだ中学1年生になったばかりです。どう処理していいかもわからずA子らの言いなりになるしかありませんでした。そのときからさあやさんの心境の変化が現れ始め、大好きだった絵にも影響でるように。

▼爽彩さんがいじめられた後に描いた絵▼

引用元:文春

もうこれ以上苦しめてどうするのと思っていた矢先、最悪な出来事が起きます。

旭川いじめ内容三つ目
  • 6月15日A子らに公園に呼び出される
  • そこにはいつもの連中の他複数人がいた
  • C男との強制的なわ〇せつ動画のやり取りを暴露され、目の前でやってと強要される
  • 人に見られないように小学校のトイレに移動して再び自〇行為を強要しようとした

爽彩さんはまた従うしかなかった・・・。この頃からさあやさんの心は壊れていき、抵抗する気力すらありませんでした。こんな恥ずかしいこと誰にも相談できない・・・もしいじめがわ〇せつ行為ではなかったらもしかしたら言えたかもしれない。

また爽彩さんは、優しい性格から母親に迷惑をかけられないと思っていたのかもしれません。

しかし事は更に重大に。

旭川いじめ内容四つ目
  • 6月22日A子ら10人近くに囲まれた挙げ句川へ飛び込み自〇未遂をする
  • 警察も出動した
  • 少年らは警察にさあやさんが虐待されているからこうなったと嘘をつく
  • 結局嘘がバレていじめをしていたこともバレるが厳重注意処分で終わる
  • その後もわ〇せつ画像は拡散される

さあやさんはもう既に限界でした。精神はボロボロでどうにもならない状態。そこでようやく爽彩さんの母親はいじめの全内容を知ります。

廣瀬さあやさんがいじめにあっていると母親が知る

いじめが始まってから約1ヶ月後、さあやさんは初めて母親に「ママ、死にたい……」と話します。しかしやっぱり心配をかけられないと思った爽彩さんは、いじめられていることは内緒にしました。深夜にB男らに呼び出されたさあやさんは家を飛び出そうとしますが母親に止められます。止めて欲しい反面、「呼ばれているから行かなきゃ」とパニックを起こしてしまいました。

自〇未遂事件が起きて母親はさあやさんのいじめの全貌を知ります。ようやく助けてもらえると思った爽彩さんは母親と9月に引っ越しを決め、別の中学校に転校します。新たな再スタートを送れると思っていたのですが・・・。

次にさあやさんを襲ったのはいじめの後遺症です。医者からはPTSDと診断され新しい学校にもなかなか行けず、また爽彩さんを苦しめました。それでもさあやさんは、生きることを諦めません!!

学校に行けない自分、でも何かしないと・・・。さあやさんは家に引きこもっても出来ることを探し出します。

▼母親にいじめを告白したころのさあやさんの絵▼

引用元:文春

苦しんでも「生きようとした証」ユーチューバー“なあぼう”に相談していた

爽彩さんは苦しんでも「生きようとした証」がありました。それは生前にユーチューバー“なあぼう”の生配信でいじめのことについてや不登校だが今後はどしたらいいかの相談をしている動画がありました。

※“なあぼう”さんの生配信での相談者は名前が出ていないため、さあやさん本人と特定はできません。しかし①いじめの内容が一致する②母子家庭③絵がかなり似ているの3点から爽彩さんの可能性が高いです。

相談内容

  • いじめで不登校になったが学校に行った方がいいのではないかと悩んでいる
  • 現段階で出席日数や内申点が足りず私立には進学できない
  • 進学するとしたら通信か学力重視の学校だが、家で勉強するのは苦手
  • 絵や詩が好きでそれを仕事にしたいとも考えている

“なあぼう”の回答

  • 学校なんか行かなくて大丈夫
  • 聞く限りでは学校に行くメリットがない
  • 絵や詩の才能があるからそれを仕事にしたらいいと思う
  • 絵関係の専門学校に行くとか

なあぼうさんに絵を褒められて喜ぶ彼女はとても可愛らしい少女でした。なあぼうさんに相談している方がさあやさん本人だとしたら、確かに生きようと努力した証が生配信で残っています。何度苦しんでも前を向いて立ち上がろうとした彼女。こんなに素敵な才能まで残してくれました。

廣瀬爽彩さん精神が狂ってしまう「絵にも影響が」

そんな爽彩さんも精神が狂ってしまいます。

自分を何度も否定して母親の証言では「ごめんなさい、ごめんなさい」「〇してください」と部屋から独り言が聞こえてきていたようです。さあやさんはどこまで苦しんだら済むんだろう。彼女には終わりがありませんでした。

そして今まで描いていた絵にも影響が出てくるように。いじめられる以前は、カラフルな可愛らしい絵でしたがいじめられるようになってからの絵はどこか闇が隠されているような独特な絵に変わりました。皆さんは後の絵を才能の塊と言いますが、さあやさん自身はどんな気持ちで書いていたのでしょうか。

2月13日廣瀬さあやさん失踪

1年以上もいじめによるPTSDで悩まされた爽彩さんは、突然行方不明になります。

2021年2月13日18時過ぎにさあやさんは家を出ます。家を出る直前、数人に「ねぇ」「きめた」「今日死のうと思う」「今まで怖くてさ」「何も出来なかった」「ごめんね」とLINEでお別れを言っています。オンラインゲームで知り合った友人です。

その中の一人が通報して母親は爽彩さんがいなくなったことを知ります。母親は急な仕事で家を空けていて最後に交わした会話が「気を付けて行ってきてね」でした。親子二人三脚で頑張ってきました。母親に迷惑をかけないようにとたくさん我慢してきました。しかし別れは突然やってきます。

警察の大捜索が始まり、ビラを1万枚用意しての大捜索も行ったが結局さあやさんは見つかりませんでした。

廣瀬爽彩さん変わり果てた姿で見つかる3月下旬

廣瀬爽彩さんが行方不明になってから1ヶ月強が経った3月下旬のことでした。母親の元に警察から身元を確認してほしいと連絡が入ります。遺体は確かにさあやさんのものでした。母親は泣き崩れます。現状を把握することができません。どこかで娘の無事を信じていたお母さん。再び親子で生活することは叶いませんでした。

爽彩さんは、市内の公園の雪の中で発見されます。凍死でした。行方不明になったときの北海道旭川市の気温は-17℃。発見されたときの服装は薄手のTシャツとパンツ、上にパーカーを羽織るだけでした。警察は経緯や亡くなった際の詳しい状況もよくわからないので自殺とは断定できないとし、今も謎に包まれたままです。

さあやさんは最後に何を思ったのでしょうか。「お母さん、独りにしてごめんね。迷惑かけてごめんなさい。」優しい彼女は最後まで母親のことを思い、最後まで人思いな優しい少女だったのではないでしょうか。

これから検察官、絵を描く仕事などたくさんの夢に溢れていた廣瀬爽彩さん。ある出会いがきっかけで最悪な人生を歩むことになってしまいましたが、最後まで生きることを諦めませんでした。

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